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浦和家庭裁判所 昭和54年(家)1351号 審判

申立人 中井友子

主文

申立人の氏「中井」を「大村」に変更することを許可する。

理由

申立人は主文同旨の審判を求め、申立理由として、次のとおり述べた。

申立人は昭和三三年ころから大村清司(本籍東京都世田谷区○○○×丁目×××番地、大正一三年九月一三日生)と婚姻外関係を生じて同棲し、同人との間の子として、昭和三六年五月二七日友和(男)を、昭和四二年一一月一〇日英子(女)をもうけ、清司は昭和五二年一二月一三日友和、英子を各認知する旨届出し、申立人は近隣との交際、その他公的な場合を除いて、「大村」の氏を称して今日にいたつており、友和、英子も学籍簿上も社会生活上も「大村」の氏を称し、友和は申立人の氏変更について同意している。よつて、戸籍法一〇七条一項により、氏の変更の許可を求める。

同籍者を含む申立人、大村清司の各戸籍騰本、友和、英子の各学校からの成績通信票(または通知票)友和の中学卒業証書、申立人、大村清司各審問の結果を総合すると、申立人主張の事実が認められるほか、「大村清司は昭和二一年七月一五日良江と夫の氏を称する婚姻届出をし、その間に長男伸一(昭和二四年一二月一〇日生)次男勇二(昭和三一年九月四日生)をもうけ、昭和三三年ころ清司と良江は別居し、伸一はすでに婚姻し妻との間の新戸籍を編製している。清司は良江との間で昭和五一年ころ東京家裁の調停の結果、双方が離婚することとし、財産分与及び慰謝料額を金五〇〇万円とする旨合意したものの、その支払条件につき、良江が即時支払を要求して譲らず、清司にその金策の方法がなかつたため結局不調に終わつた。」との事実が認められる。

以上の事実に基づき、本件申立の適否について判断する。

(1)  氏の制度は、婚姻生活共同体を他のそれより識別する社会的機能を営み、同一の婚姻生活共同体の内部では婚姻の際決めた夫または妻の氏をその氏とし、その婚姻が解消され、または、同籍者に婚姻、養子縁組等の除籍事由が生じその者がその共同体を離脱しないかぎり、その生活共同体に属する者はすべて同一の氏を称するものであり、その婚姻生活共同体以外の者がその婚姻生活共同体の呼称と法的に全く同意義の氏を称することは法律上許されない。しかし、氏の前記社会的機能の点からみると、すでにその氏によつて識別される婚姻生活共同体の基礎となつた婚姻が事実上の離婚状態にある場合、その氏は、その共同体を統一的に識別するという意味での完全な社会的機能を果たしておらず、むしろ、残された他方の配偶者及びこれと同居する子の共同体を識別する作用を営んでいるのにすぎない。これに対し、一方の配偶者が、それが有責的行為に基づくにせよ、他の異性と婚姻外関係をもち、その間に生まれた子を含むその生活共同体において、従前の夫婦の戸籍筆頭者である一方配偶者と同一の氏を選択し、長年の間これを事実上の通氏として使用し、その生活共同体を識別するのにその通氏をもつてするほかないとの社会的評価が定着した場合、その共同体員の利益にとつてはもとより、社会生活関係の側面からみても、その通氏を法的に肯認する必要性がある。

(2)  現在の確立した判例によると、その一方配偶者が婚姻外関係を築くことが戸籍上の他方配偶者に対し不貞行為となる場合には、一方配偶者からの離婚請求が法的に認容されないのであり、その結果戸籍上は従前の夫婦として残存し、一方配偶者が婚姻外生活共同体員と同一戸籍を編製できないけれども、このことは前記の通氏の肯認を妨げる理由とはならない。通氏の法的承認はすでに同一戸籍にある者に関してされるもので、同一戸籍に編製するかどうかはその前提問題にすぎず、婚姻外関係にある異性及びその間の子のみについても通氏を承認する利益が失われないからである。

(3)  婚姻外生活共同体を識別する氏として、戸籍筆頭者である一方配偶者と同一の氏を法的に承認することは、婚姻公示制度からみて二個の婚姻生活共同体を承認することにならないかとの点について検討する。

(イ)法的に承認した婚姻生活共同体の「公示」としては戸籍上従前の双方配偶者間においてのみであり、それは依然残存している。さらに、婚姻外関係にある異性からの氏変更申立によれば、その者の戸籍身分事項欄の氏変更許可の裁判により氏を変更した旨、及び、同籍者である婚外子の戸籍身分事項欄の父の認知事項の各記載を総合してみると、その戸籍にある者は認知した父を一員とする婚姻外生活共同体である旨の公示機能をも果たすことができる。(ロ)ところで、このように解しても、事実上二個の婚姻生活共同体の氏を公示したとの外形を呈するとの非難があるかもしれない。しかし、法律上の夫婦間の婚姻関係については、現在までに、その双方が離婚自体につき明示的または黙示的に合意しているが、慰謝料その他の条件が整わないため離婚届出ができないことという要件が具備した場合であれば、従前の法律上の夫婦関係はすでに事実上の離婚により婚姻上の効果が消滅し、戸籍上その形骸が残存するだけで、その実体が存在しないのであるから、その非難は当をえないことになろう。

(4)  多くの場合、婚外関係にある女性が夫となるべき者との間に婚外子があり、子が父母とともに生活しながら、父との氏が違うことによる不利益が、就学、就職等で顕在化し、これを契機として、その解決を求めるにいたる。しかし、(イ)これを婚外子のみの問題と捉えることは、婚姻外生活共同体を識別する氏を通氏として長年使用したとの実体を見落すものであり、その結果本来最も利害関係の深い婚外女性のみが父子と異なる氏を称するという結果を生ずる。(ロ)子の氏を父の氏に変更して父の同籍者とすることは、戸籍上の妻及び同籍者である子の戸籍記載上の利益を直接侵害することもありうるので、認知子を父の氏に変更するとの方法によるのは相当でないことが多い。しかし、婚外女性から夫となるべき者と同一の氏に変更することを申立てる方法によれば右の問題点をさけることができる。

(5)  以上の考察からみると、法律上の夫婦間の婚姻関係について、その双方が現在までに事実上離婚に明示または黙示に合意し、その氏がその婚姻生活共同体の氏を表わすという意味での社会的機能を失つており、戸籍筆頭者である夫が他の女性と婚姻外関係をもつて同棲し、その間の子を含めてその生活共同体を他から識別する氏として法律上その夫となるべき者の氏を長年使用し、それが通氏として社会的に定着している場合、婚外女性が従前の氏をその通氏に変更することは、戸籍法一〇七条一項にいう「やむをえない事由」にあたるものと解するのが相当である。

本件において、前記認定事実によると、大村清司と良江とは、婚姻同居期間一二年をはるかに越えた一八年間の別居の後昭和五一年ころ東京家裁の調停で一旦離婚に合意したのであるから、その後慰謝料等支払条件が整わず調停が不成立となつたとしても、すでにその離婚を一旦合意した時点で事実上の離婚となつたものというべきであり、したがつて、少くともその時点以後においては戸籍上の「大村」の氏は良江との間の婚姻生活共同体を他から識別するとの社会的機能は全く失われており、戸籍筆頭者である夫清司がすでに昭和三三年ころから約二一年間にわたり申立人と同棲して婚姻外関係をもち、その間に子として友和(当一八歳)、英子(当一二歳)をもうけ、その子らを含めてその生活共同体を他から識別する氏として法律上夫となるべき清司と同一の氏「大村」を事実上使用し、社会的にもその通氏が定着しているものということができる。また、一五歳以上の子である友和も本件氏の変更に同意しており、特別家事審判規則五条の要件も充足している。したがつて、以上の説示の点からみて、申立人が従前の氏「中井」を「大村」に変更することは戸籍法一〇七条一項の「やむをえない事由」にあたるものということができる。

よつて、本件申立を認容し、主文のとおり審判する。

(家事審判官 高木積夫)

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